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お力と角外

更新日:2013年12月4日
 むかし、美濃の国の帷子というところに、お力(りき)、角外(かくがい)という、とても力持ちの母子が住んでいました。
 お力は評判の大女で、侍の家に嫁いでしあわせに暮らしていましたが、夫に先立たれ、息子の角外と一緒に在所で暮らしていました。女ながらも武道の心得があったため、犬山城の殿様の槍のおけいこの相手をつとめたりしていました。
 ある時、お力は頼もしい若者に成長した角外をよび、家の前の竹やぶを差して、
「お前ももう一人前や。ひとつこの竹やぶを耕して畑にしてみよ」と言いました。
 角外は、大鍬(くわ)で一生懸命耕しましたが、なかなか竹が掘れずにいると、
「これこれ、竹を鍬で掘るやつがあるか。こうするんやで」と言って、お力は素手でどんどん竹を引き抜いてしまいました。
 角外は母親の力持ちに驚き、それからは畑仕事のかたわら武道にも励みました。
 そんなある日、角外は山で拾ったたきぎを背負い、犬山へ売りに行ったところ、ある石屋で、ちょうど手ごろな石うすを見つけ、割木二束とかえてもらいました。
 あくる日、また犬山へ割木を売りに行ったところ、昨日の石屋の前でおやじに呼び止められました。
「おーい、昨日の割木は虫が食っていたぞ。あれではわしのほうが大損じゃ。もう一束置いていけ」
「わしもおやじに言うことがある。昨日の石うすは虫が食っていたぞ」
「そんなばかな。石を虫が食うなどとは聞いたことがないわ。そこに同じうすがあるからよく見てみい」とおやじが言うと、角外はそばにあったうすをつかみ、
「なんだ、このうすも虫が食っておるわ。」とうすを手でぽりぽり割って、
「これでも信じられなんだら、帷子まで見にこい」と言いました。
 石屋のおやじは角外の剛力にびっくりぎょうてん。たちまちその話は犬山じゅうにひろがりました。
 そのころ犬山の城下には、ごろつきのような者がたくさんいましたが、帷子の者は、犬山へ行く時は天気のよい日でも「角外」と大きく書いた傘をさしていきました。すると、ごろつきどもは角外の身内と思ってこそこそ逃げ出したそうです。