更新日:2013年12月4日
むかし、中切の里に、おそのさというおばあが、たった一人きりでくらしておった。
ただでさえ腰がかがんで小さくみえるおばあは、いっそう背を丸うして、いつもにこにこと坊んたを集めては、いろいろな話を聞かせとったそうじゃ。
「昼のうちは、俺んたがおるでええが、夜さ(ようさ)は一人きりで寂しいやらあのう」みんなが心配して言うと、おそのさは、
「なあに、おそがいことも、寂しいこともありゃあせん。夜さはいつも山からタヌキがきてくれるでなも」と言うて、けろっとしとらっせる。
坊んたは目を丸くして聞いとったということじゃ。
ある寒い冬の夜、雨の降る山道をおそのさの家に用足しに行った五兵衛さは、ふと一匹のタヌキがまるで人間のようにすたすたと歩いていくのを見たんじゃげな。
タヌキが、おそのさの家をトントンとたたくと、
「おお、よおきたな。待っとったぞな。どうや、外は雨が降りよおるかな」
と、中からおそのさの声がした。
「降りよおる、降りよおる。雨がぼよよんぼよよんと降りよおるわね。おばあ、さむうてかなわんに、はよう中に入れてくりよ」
「おうさ、今開けるに、はよ、入ってこいの」
どっこいしょ。おそのさは戸を開けると、タヌキを家の中へ入れたんじゃと。
びっくりした五兵衛さは、もう用足しもなにもけろっと忘れて、戸のすき間から中をのぞくと、くどの火があかあかと燃える下台所で、おそのさとタヌキがこたつにあたり、なんやらおもしろそうに話しておったそうじゃ。
「おそのさは、タヌキと酒を飲んでござったんな」
「おう、わしも見たぞな。おそのさとタヌキが、なかよう餅を食っておらした」
こうして、うわさは村中の人に伝わった。
日が暮れると、山ぎわにあるおそのさの家には、いつまでもぼうっとうすあかりがもれておったげな。