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野ブキの里

更新日:2013年12月4日
 むかし、むかし。
 今から760年も前の話や。この中切の里にえらいたちの悪い熱病がはやり、ぎょうさんの人がのうなって、村の人達が難儀をしておったのやと。
 ある日の暮れ時、そうとは知らず一人の旅の坊さまが、一夜の宿をこうて歩かれたそうな。ところが、どの家もかたく戸を閉ざして、坊さまの願いを聞き入れてくれなんだのや。
 坊さまは、村人の薄情を不思議に思ったり、嘆いたりしながら歩いておられると、かなたの山のふもとにぽつんと灯かりのともっているのが見えたそうな。
 近づいてみると、それは一間だけの広さしかないと思われるような貧しい家で、中には人が集まりどうやら泣き声さえ聞こえたのやと。
 坊さまがいぶかりながら声をかけると、中から目を赤く泣きはらした婆さまが出てきて、「まっこと申し訳ないことやが、私らの娘もはやりの熱病にかかり、この夜、一夜が持つまいと、皆このように寄っておるところ。坊さまには、ういことやが、どうぞこらえてくだされや」と言いながら、涙をふきふき、断りを言うたそうや。
 坊さまは、ここで初めて今までの村人の様子にやっと合点がいった。
「話を聞けば気の毒な。これをせんじて娘ごに飲ませてみられよ」と、頭陀袋(づだぶくろ)の中から、何やら草の根を取り出して渡された。
 婆さまは、(はて、このようなものが?)といぶかったが、何せわらをもつかみたい思い。炉端で煮立てて娘に飲ませると、あら不思議。半時ばかりのうちに、あれほど苦しんでおった病がけろりと治ってしまった。
 その噂はすぐさま広がって、それまで頭の上がらぬほどの村人の病も、坊さまのくだれた草の根で、すっかり治ってしまったそうな。
 この坊さまこそ、恵心僧都というえらい坊さまじゃった。
 村人たちに、この村にいつまでもおってくだされと頼まれ、草庵で暮らされたが、その三年の間にりっぱな薬師如来を彫られたということや。
 また、僧都のくだされた草の根は、野ブキの根っこで、この辺りの山野のほかには自生せぬものと、珍重されているということや。
 この地に伝染病のような熱病の少ないのは、この薬師如来さまのおかげと言い伝えられておるんや。