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木こりとタヌキ

更新日:2018年5月24日

木こりとタヌキ

 むかし、大萱の里に、清次郎という若い木こりの夫婦が住んでおりました。
 働きものの木こりは、今朝も早くから、山へ木を切りにのぼっていきました。
 いっしょうけんめい木を切っていた木こりは、いつの間にか、あたりがうすぐらくなっているのに気がつきました。いくらなれた山とはいっても、山の夜は早く、いまから山をおりては、道にまよってしまうかもしれません。
 そこで今夜は、山の中の小さな小屋にとまることにしました。その小屋は、木こりが雨やどりをするときのためのもので、屋根を木の葉でおおい、まわりをむしろでかこんだだけの、そまつな小屋でした。
 もうじき冬がくるというころでしたので、今夜は冷えるかもしれないと思った木こりは、小屋のまわりにむしろを重ね、たきぎを集めておりました。(おっかあはしんぱいするかな。わしのことを案じて、またぐわいがわるならないいがなあ)などと思いながら、ふと下の池の土手の方をみ下ろしますと、暮れかかった池の土手に、みなれぬ女が立っておりました。それもどうやら泣いているようなけはいです。
(こんなところに女がいるとは・・。しかもこんなじこくに・・。
ひょっとしたら、話に聞いたこの山の古ダヌキが、わしをだましにきたのかもしれんぞ。)そう思った木こりは、小屋に入って、たきぎをくべてあたたまりながらも、いまくるか、いまくるかと、気が気ではありませんでした。
 あたりは、しーんとしずまりかえっております。と、まもなく入口のむしろを、だれかがたたいているような音がするではありませんか。(そらきたっ!)と思った木こりは、もう胸はどきどき、足はがたがた。中へ入れようか入れまいかとまよいましたが、(もしもタヌキじゃなかったら、かわいそうだぞ。)としんぱいに思い、むしろのすき間から、そっと外をのぞいてみました。
 するとやはり、さっき池の土手に立っていたあの女が、暗やみの中にぽつんと立っております。
 「外は寒うございます。どうか中へ入れてください。」
と、そういうので、木こりは用心しながらも中へ入れてやることにしました。
 火のそばにすわった女は、かなしそうなかおをして、じっと木こりのかおをみております。木こりは、タヌキかどうか正体をみるには、なたの刃ですかしてみればわかると、だれかに聞いたことを思いだしました。
 なにげないふりをして、たきぎを切りながらも、それとなく刃をすかして女をみようとしますと、そのたびに、木こりの背中が何やらぞーっと冷たくなるのです。(おかしいなあ。女はあそこにいるのに)と、ひょいっとふり返りますと、なんとまあ大きなタヌキがごろーっと横になっており、それが木こりの背中にひょい、ひょいと手をかけていたのでした。思わず声をあげそうになった木こりは、思いきってなたをふり上げると、うしろをめがけてさっとふり下ろしました。そして木こりは、気をうしなってしまいました。
 まもなくして気がつきますと、うでのあたりから血を流したタヌキが、木こりの目のまえにすわっております。
 「清次郎さん、わたしは女のすがたになってまいりましたが、じつは、あなたさまにお願いがあってまいったこの山のタヌキでございます。
 あなたさまが、この山の木を切っておしまいになるので、わたしと子どもたちは、だんだんと追われて、住むところがなくなってしまいました。そこでこの山を越えたむこうに、土岐川という川があります。その川をわたって、むこうの山に移りたいと思います。けれども、わたしたちタヌキは、川をわたることができないのです。どうぞわたしたちを川むこうに運んでいただけませんでしょうか。もしお願いを聞いてくださるなら、お礼に、あなたさまのおよめさんの病気をなおしてあげましょう。そして、あなたさまを、きっと大工の棟梁にしてさしあげます。」
と、いうのでした。
 もともと気のやさしい木こりは、
「それはすまんことをしてしまった。そんなたのみなら、よろこんでやりましょう。」
と、あしたタヌキを川むこうまで運んでやることをやくそくし、傷の手当てをしてやりました。
 次の日、やくそくどおり親ダヌキと子ダヌキ二ひきを川むこうに運んで、山を下りた木こりは、しんぱいして待っていたよめさんに、ゆうべの話をしてやりました。よめさんは、
「それはよいことをしなさった。」
と、大そうよろこびました。そして、それまでは、お産のあとが悪く、乳もでず、床につく日が多かったよめさんが、二、三日もすると、まるでうそのように元気になり、乳もあふれるほどでるようになりました。
 木こりも、それからというもの、何をするにも運がひらけ、どんどん出世して、タヌキのやくそくどおり、大工の棟梁にまでなることができました。
 それからというもの、木こりは『タヌキ清さ』とよばれるようになりました。