鎌倉時代までさかのぼると言われる当地で焼かれた大壷、江戸時代後期以降当地に次々と開かれた窯の陶磁器類から、現代に至るまでの兼山焼きの作品が展示されていて好事家の興味をそそるコーナーです。
文七窯 弘化元年(1844)から明治20年(1887)まで焼かれていた。
焼締め甕:鎌倉時代 古城山古窯より発掘
治郎平窯 弘化年間((1844)から明治初年(1868)まで焼かれていた。
触古城山兼山窯 昭和46年京都の陶芸家8名が京式登り窯を築窯し作陶される。 現在は、陶芸家丹羽氏に引き継がれている。