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「美濃桃山陶の聖地ホームページ」を開設しました

更新日:2016年4月18日

 日本の陶磁史上最も華やいだ時期といわれる安土桃山時代。その時代に可児市をはじめとする東濃地方で焼かれた陶器が、美濃桃山陶です。長い間、愛知県瀬戸市で焼かれたものと考えられ、「黄瀬戸」や「瀬戸黒」と呼ぶ名称にその名残があります。16世紀末に生まれた志野は、日本で初めて白い釉の下に筆で絵や文様を描いたやきものです。装飾性が豊かで、半透明な釉に浮かぶ斬新な鉄絵の面白さは、茶人を虜にし、隆盛を極めました。特筆すべきは、可児市久々利大萱の牟田洞古窯で、国宝志野茶碗銘「卯花墻」が焼かれたといわれていることです。志野は、国宝や重要文化財に指定されている名品も多く、まさに美濃桃山陶を代表するやきものといえます。

 本当の産地がわかったのは、昭和5年(1930)荒川豊蔵が、可児市久々利大萱の牟田洞で志野筍絵の陶片を発見したことによります。その後、荒川豊蔵は、志野復興に尽力し、人間国宝に認定、文化勲章を受章などその功績が称えられています。また、瀬戸黒で人間国宝に認定された加藤孝造氏も久々利で作陶に励んでいます。現在も、20人程が可児の地で作陶に励んでいます。 
 
 このように、まさに「美濃桃山陶の聖地」と呼ぶに相応しい可児市が、「美濃桃山陶」や「可児市」を国内外に広くPRするため、「美濃桃山陶の聖地ホームページ」を開設しました。

可児から世界へ!!美濃桃山陶の聖地
 ◆こちらをクリックしてください。

リンク先URL http://minomomoyamato.jp

 

 

 

 

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